風景の良い高台に、静かな対話の場所をつくる。廃材木ピンコロ床など、新しい試みにあふれた共同茶室。
建築家・今津修平さん
空き家が目立っていた兵庫区梅元町の山手。西村組が廃屋再生のプロジェクト・バイソン(梅村)を進めるこのエリアの高台に、一軒の共同茶室があります。貸しスペースとして活用され、イベント時には多くの方が訪れる人気のスポット。神戸のまちや港が見渡せる眺望、畳の代わりに使われた特徴的な床材などが写真映えすることもあり、SNSでも話題になっています。手がけたのは、建築家の今津修平さん。誰もが驚くユニークな茶室の床のこと。老朽化した建物に施された、目に見えない工夫の数々。オーナーである西村組とどんなコラボが繰り広げられたのか、事業主であるKUUMAの濱部玲美さんの思いをどのようにカタチにしていったのか。さらには、自身が手がけるプロジェクトなど、今津さんが考えるリノベーションの現在を語っていただきました。
素晴らしい佇まい、抜群の眺望。ポテンシャルのある茶室との出会い。
この改修は、西村組が集落全体をアップサイクルしている、バイソンというプロジェクトの一つです。バイソンには、たくさんの建物があるため、いろんな人とコラボしながら場をつくっていこうという思いがあったようです。今回、茶室だった場所を改修するにあたり、KUUMAの濱部玲美さんと僕に声がかかりました。最初は、何をやるかもハッキリしておらず、面白い空間にできないかという思いだけでスタートしましたが、元々茶室だった場所ですし、茶室として再生しようと。バイソンという集落の中では、ハレではなくケの場所という位置付けの、集落のいちばん奥にある静かな場所。ゆっくり対話できる茶室になればいいねという話になり、そこからアイデアを詰めていきました。初めて現地を見た時の印象は、とにかくポテンシャルの高い場所だということ。その理由は2つです。1つは、神戸のまちや海を一望できるパノラマの眺望。流れる風が気持ちいい、素晴らしいロケーションでした。もう1つは素材や部材の質の良さ。少し手を入れるだけで絶対に良くなるはずと、直感しました。加えて、今回は西村組とのコラボです。西村組にしかできないことは何か、そこを強く意識して仕事に臨みました。
廃材を使った、畳に代わる床材の開発。それは、これまでになかった新しい茶室への挑戦。
僕がまず目をつけたのは廃材でした。西村組と言えば、廃材の活用に長けた集団ですので、その使い方について考えることは今回のプロジェクトのゴールでもありました。アップサイクルには手間を惜しまない西村組の丁寧な仕事ぶり。そのこだわりで面白いことができたらと思い提案したのが「廃材木ピンコロ床」です。建築現場や解体現場から出る廃材の多くは角材。それを、畳の厚みと同じ55ミリに切りそろえて、床に敷き詰めるアイデアです。その際にできる隙間によって、畳と同じような温かみが生まれる。このアイデアのきっかけになったのが、安藤忠雄さんが設計したベネッセアートサイト直島の地中美術館にあるモネ室です。そこには美術館内で唯一靴を脱いで入るエリアがあり、20ミリ角ほどの小さな大理石が敷き詰められています。床の上に立つと、大理石がちょっと温かく感じられる。冷たい印象がある素材ですが、体感はまったく違います。大理石と大理石の間に少し隙間があることで空気が入り、温かささえ感じられるのです。廃材木の角材も、木口方向で使うと蓄えられる空気の量が多くなるので、同じ効果があるはず。肌に直接触れる部分は、角を丸めて敷き詰めました。この気の遠くなるような作業を、最後までやり遂げられたのは、やはり西村組の力だと思います。
今回の改修はかなり大掛かりなもの。しかし、いかにも修繕しましたという見え方にはしない。
茶室は一見すると、元々あった天井や壁を活かし、綺麗にしただけに見えるかもしれませんが、実はかなり手を入れています。天井は元々落ちていましたし、壁もかなり割れていました。建物自体も傾いていたためジャッキアップ。全体で考えると、かなり大掛かりな改修だと思います。しかし、今回の修復の主役である床だけが目立つようにしたい。その他の部分に目が行くようにはしたくありませんでした。壁のヒビ割れも元々あったものですが、消すヒビと残すヒビ、手を加えて修復したものと老朽化して劣化したもの、新旧のコントラストを出るように。しかし、見え方としては、両者は混じり、差が見えない状態になるのが理想。そういう微妙なことをやっています。茶室からも、奥のキッチンで作業している人の気配を感じたいという要望があり、壁に穴を開けてみたのですが、あえて土壁だけを剥がし、竹小舞だけを残しました。穴の空いたボロボロの壁だと、自然に見えるように。ここでも、経年で劣化した部分、新しく手を加えてつくった部分を、わからないように融合をさせています。
風景をどう見せるか。入口ではチラ見せし、茶室に入るとパノラマが広がるように設計。
最大の魅力である風景をどのように見せるか。まずは収納スペースだった部分を改修し、新たに茶室のにじり口をつくりました。元々は玄関から広縁に入り、そこから茶室に入る導線でしたが、それでは茶室らしくないと。広縁も景色も、茶室に入ってから見えるように変えました。狭いにじり口から茶室に入り、広い空間に出た瞬間にパノラマの風景が広がる。このシークエンスを実現するために、完全にオープンだった元の玄関部分に、新たに壁をつくりました。竹小舞も施した本格的な壁です。しかし最終的には、完全な壁ではなく、崩れた部分をつくることにしました。竹小舞越しにちらっと風景が見えることで、入口から期待感が高まる。その方が面白いのではと現場側からの提案があったからです。せっかく綺麗な竹小舞を組んだので、それも含め見せませんかと。現場で得た着想はもちろんですが、対話を通じ、一緒につくる人や使う人の思いもしっかり取り込みます。炉を切る位置、使いやすさなど、茶道家の方のご意見も伺いました。正座すると痛そうに見えた「廃材木ピンコロ床」も、板の間のような痛さはないし、冷たくもない。意外と畳代わりになるという意見にも、背中を押されました。
リノベーションとは物語を受け継ぐ作業。僕にとって、新築の家も中古の家も同じです。
世間ではリノベーションと新築を分けて考えがちですが、僕は基本、全部リノベーションだと思っています。新築にも、使う人がいて、建てる土地があり、土地には風景があります。建築家は、元々あった文脈を大事にして、そこに手を加えアプローチするわけですから、広義にはリノベーションです。建物の古さ新しさも関係ありません。僕が心がけているのは、突然何か新しいものが現れたという印象にしないこと。作り手の思いが強すぎると、受け手もそれを感じてしまいますので、そういう場所を作りたくはありません。自然に馴染んでいく、元々そこにあった感じをつくる。それには、場や時間との親和性が求められます。ここ10年ぐらいは、改修の相談が確実に増えてきています。住宅だけでなく、公園の管理事務所などのリノベもしましたが、古い建物をいかに自然に違和感なく再生するか。4年前に里山を購入し毎週家族や友人たちと手入れをしていますが、これもある意味リノベーションです。使われなくなった場所に手を加え使い続けることの大切さ。建築家がクリエイティビティを発揮できるフィールドはまだまだあると思います。
Profile
今津修平さん
株式会社MuFF
一級建築士、新築・リノベーション問わず、住宅や商業施設など幅広く設計を行う。神戸フルーツ・フラワーパーク大沢にある「FARM CIRCUS」の設計も手掛け、神戸市都市デザイン賞(木のぬくもり建築部門)を受賞。神戸芸術工科大学 非常勤講師