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竹内正明さん

建築家のしごと

木材で栄えた地域の価値を未来につないでいく。小さな町工場の、小さな小屋からの挑戦。

建築家・竹内正明さん

稼働を停止していた工場内に新たに小屋を整備 改修前(上)・改修後(下)

JR兵庫駅から国道2号線を南に越えたあたりにある兵庫運河。第二次世界大戦後、この運河は輸入した原木の貯木場として活用されました。その当時、この地域には木材を生業とする町工場がたくさんあったそうです。運河に隣接する材木町と呼ばれる地域では製材所が軒を並べていたとされていますが、今も営業を続けている製材所は1件を残すのみで、あとはすべて廃業しています。

今回の物件は、木材に関わってきた町工場のひとつです。木材の町としての盛衰を見てきた町工場を、木工で生きていきたいと思う次世代のために使えないだろうか。工場と町の間に新しい関係が生まれれば、この地域が紡いできた、木材の町という物語を後世に伝えることもできるはず。若い木工作家や学生たちを巻き込むことで、小さな町工場を地域に開く活動拠点として再生する、そんな試みに取り組んでいるのが建築家の竹内さん。一体どんな可能性を描いているのでしょうか。

町工場に残された木工機械。その使い方に思いを馳せる。

木材の卸業やその加工業で栄えた町も、高齢化や担い手の不足などもあり、多くの町工場が廃業したそうです。わずかに残る材木屋さんが木材で活気のあった町の面影として残っていますが、地域の若い世代には、そんな時代があったことも知らない人が多いと思います。今回改修したこの町工場も、数年前に社長が急逝し、稼働を停止しました。

ここでは、建築木材の加工をおこなっていました。長手方向に溝を突く機械があり、フローリングや鴨居・敷居といった建築部材をつくることができます。また、モールディングと呼ばれる、細長い形状の装飾を削ることもでき、天井の廻縁や枠まわりの装飾額縁などを削るための刃物がたくさん残っています。ここにある木工機械は、刃物の組み合わせ方や位置調整など、ちょっと特殊な技術が必要になるものが多く、誰でも簡単に使えるわけではありません。ですが、使い方を工夫することでいろいろな加工ができ、木材を使うときの可能性が広がるように感じています。

時間が止まったように、空間に残されていた木工機械たち

次代の木工職人の育成、木材の町のDNAを継承していく。

木材加工所だった場所を活用するにあたって、若い木工作家さんや木工を学ぶ学生さんたちにも使ってもらえる場所になればと考えました。木材の加工作業などに使えるスペースとして定着すれば、人が集まり、新たな交流が生まれます。そのなかで、木工技術を継承していくことができれば、次世代につながる循環が生まれると期待しています。

例えば木工作家だと、自分のつくりたい作品があると思いますが、それだけで食べていくのが難しい時期もあります。ですが、木と木を組み込ませる実(さね)加工などの特殊な技術を習得しておけば、フローリング材などの建築木材の加工で安定的な収益を得えることができ、経済的な部分で作家活動を継続しやすくなります。彼らは木工機械を使い慣れていますので、ここにある機械でも、それほど苦労せずに使いこなせるようになると思います。将来的に作家として食べていけるようになり、新たに自分の工房を持つようになれば、若い世代にこの場所を譲ってもらいます。

このような、人を循環させる環境が整えば、木材の町としてのポテンシャルを継承していくことができると考えています。そのための場づくりが今回の改修における目的のひとつです。

木材加工に限らず、たくさんあった町工場が減り、以前のまちなみが失われつつある

作業場の中に、新たに建てた小さな「小屋」。

この町工場はひとつの大きな空間として作業場がつくられています。このままだと、ちょっとした事務作業やミーティングなど、加工作業以外の仕事がやりにくいと感じました。また、工場内は温熱環境が整っているわけではありませんので、夏は異常に暑く、冬は凍えるように寒くなります。こういった状況を改善するためには、区画したスペースを確保する必要がありました。そこで、作業場の中に間口2m、奥行き9mの細長い小屋をつくりました。木材加工の作業スペースを残しつつ、区画された場を確保するためには、このような細長い平面形状が理に適っていました。

また、作業場の高い階高を利用して、小屋の天井は3〜3.6mの高さとし、断面方向の開放性を確保しました。新設した床・壁・天井には断熱材を仕込み、空調機器も設置したので、小屋の内部では温熱環境のコントロールができるようになっています。さらに、給気型の換気扇を設置し、外気を取り入れて小屋の内部が正圧になるようにしました。クリーンルームのような仕組みにすることで、木屑などが小屋の中に入りにくい状況にします。

木材加工の作業場以外に、このような区画したスペースがあれば、常駐する管理者を置くこともできますし、知り合いが休憩に使ったり、コワーキングスペースのような活用ができたり、木材加工以外の可能性が広がると考えました。

工場内に設けられた木造の小屋。工場との調和が美しい

3人はゆったり作業できるカウンター。内部は意外に広い

木へのこだわりは随所に。木材を鑑賞する場としての役割。

小屋をつくるうえで意識したのは、木の表情をうまく出したいということでした。ここは木材の加工作業をおこなう場所なので、実験的な素材を使うというよりは、木質素材による可能性を探りたいと考えました。

例えば、構造材や見え掛かりとなる造作材は、杉の無垢材をノコ目仕上げとし、あえてざらざらした質感を持たせました。棚板は、工務店の倉庫に眠っていた6種類くらいの材を並べて配置しました。その多くは無垢材で、表面はプレナーで仕上がっています。他にも、壁の面材はヒノキ合板、床は杉の合板を使用しています。ざらざらした表情の線材と、ツルッとした表情の面材を共存させることで、互いの質感が引き立つと考えました。

ただ、構造材をノコ目仕上げとしたことでプレカットを入れることができなくなりました。そのため、すべての仕口を大工さんが手刻みでつくってくれました。柱に三方から差し込むような形で梁を掛けているため、仕口の加工には高い精度が求められます。こういったオーダーにも難なく対応してくれる大工さんの技術に感動しました。

作業室側から見える壁の面材は厚み12mmのヒノキ合板とし、ディスプレイ用の棚だとか、仕上げのカスタマイズだとか、ちょっとしたアレンジがやりやすい仕様にしました。これまでにここで加工してもらった、無垢材で削り出した取手、小径R面の巾木、五角形の手すりなど、面白い使い方のヒントになるようなものを展示できたらいいなと思っています。

吊り棚には、6種類ほどの板材を使用

大工さんの手刻みによる仕口

端材をドアの取手に活用。木材加工の随所に遊び心が

かつて栄えた木材の町に、新しい価値を生み出すきっかけを。

かつては材木屋や木材加工の町工場が多く存在しましたが、時代の流れとともにその姿が減り、工場のある風景が失われてきています。町から工場が減ったとしても、生活には何の支障もでないのかもしれませんが、活気に満ちたかつての風景がなくなってきて寂しいと感じている方もいます。町工場の外観を活かしながら建物を活用することで、工場のある風景と地域の歴史を継承していけるのではないかと考えています。

町とのつながりのなかで工場のある風景を更新していけるように、小屋の入り口として木製のガラス框戸を設けました。これは、道ゆく人からも小屋の内部の様子がうかがえ、入ってみたくなるような仕掛けとなります。学校帰りの小中学生や買い物ついでに通りがかった人たちが、「ここは何だろう?」と興味をもってもらえると、小さな出会いが生まれます。ちょっとしたことの積み重ねが、町工場と町の関係をつくるうえで大きな意味をもつと考えています。

歩道に面した小屋の入り口(上)ガラス扉なので外からでも中の様子が見える(下)

今回の改修は、かつて木材で栄えた町に新しい価値を生み出すきっかけをつくる試みです。素朴な下町ですが、ちょっと面白そうと感じられる魅力があれば、そこから町への愛着が生まれます。小さなきっかけでも、それが積み重なることで可能性が広がり、大きな挑戦につながっていくのだと思います。

Profile

竹内正明さん
ウズラボ代表

1973年大阪府生まれ。京都工芸繊維大学院博士後期課程在学中の2002年に小池志保子さんとともにウズラボを共同設立。2006年より代表を務める。大学院在学中に取り組んだ日本の近現代建築史研究をベースにしつつ、住まいに関するさまざまな事柄をデザインしている。そのほか、文章の執筆や講演、大学教育に携わるなど、建築を通じて幅広い活動をおこなっている。

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