再建築不可の一軒家をオフィスに改装。の予定が一転、地域の人々がビジネスを始めるお試し練習場に。
建築家・小畦雅史さん
自分の持っている特技やスキルを誰かに教えたい。できればそれをビジネスにできないだろうか。今回のオーナーさんは、誰もが一度は思ったことのある起業の夢を応援しようと、ビジネスのお試しスペースを開業しました。塾や教室を開きたい人が、いきなり場所を借りて仕事を始めるのはハードルが高いもの。そのお試し場所があればという発想は、事業承継の仕事をたくさんしてきた司法書士さんならではの視点でした。事業をつくることを生業にしているからこそ生まれたスペースのアイデア。こんなユニークなトライアルに寄り添い、実現にこぎつけたのが、建築家の小畦さんでした。
最初は、ご自身のオフィスをつくりたいという依頼。それが話を重ねるうちに別の方向へ。
場所は灘区篠原中町、再建築不可の物件。ご依頼をいただいた当初は、セミナールームのあるオフィスをつくりたいというお話でした。どんな理想をお持ちなのか、いつものようにヒアリングから始めました。使い方の希望や仕事内容も含め、詳細にお話を伺いました。オーナーさんの主な仕事は、傾きかけた企業経営を建て直すこと。どうしたらいまの時代に合わせて再び収益を上げられる企業に転換できるか。すべてをリセットするのではなく、使える部分はないか、活かせる部門はないか、そういう視点で企業の未来をつくる仕事なのだそうです。事業継承に悩んでいるクライアント企業は全国各地に点在しているため、どうしても地方出張が多くなります。自分のオフィスをつくりたい。しかもセミナールーム付き。最初はそんなお話でしたが、せっかく拠点をつくっても、ふだんはオーナー不在であることが多い。使っていないオフィスがあるのは、ちょっともったいないのでは?そんな話し合いの中から、出てきたのが、レンタルスペースを兼ねるというアイデアでした。
単なるレンタルスペースではない、起業のお試し場所。そんな司法書士らしい発想に寄り添う。
自分がいない間もオフィスを使ってくれ人がいればいい。そこが出発点ですが、ただ使ってくださいと言ったところで、なかなか使ってもらえるものではありません。何か使いたくなる意味を持たせたい。六甲のまちに相応しいレンタルスペースのあり方はないか。そんな議論をしていたときのことです。このあたりにはサラリーマンのご家庭が多い。周辺にはいくつも大学や短大があり学生も多い。何か特別なスキルや資格を持っている人も多いだろうと。でも、それらを他の人に提供したい気持ちはあっても、始め方が分からない。そういうモヤモヤしたニーズのようなものがあるのではという話になりました。英語のスキルを活かして、英会話を教えたい。華道や茶道の教室を始めてみたい。そういったスタートアップをサポートできる「お試し場所」ってありませんよね。じゃあ、つくってみましょうよ!ということになったのです。
つくりたい場の方向性は決まりましたが、すべてをレンタルスペースにするのではなく、自身のオフィスももちろん併設です。平屋の一軒家、限られた空間に2つの機能を持たせる。そのため、完全にスペースを分離しました。改修にあたっては、できるだけ現状を活かすのが私のポリシーです。柱や壁は、ペンキで塗装しましたが、基本の躯体はそのまま残しました。とくかく暑い家でしたので、天井を抜いて断熱材を入れました。外観がどう見てもふつうの住宅にしか見えなかったため、駐輪場も兼ねる道路から玄関までのアプローチには、ベンチとプランターが一体化した木製の意匠を施すなど工夫し、レンタルスペースとしてのウエルカム感を出しました。場の汎用性を考え、床を取り外し土間にしたのですが、いざ床を開けると柱が地面に届いておらず、鉄板を継ぎ足す処理を施しました。この時もそうでしたが、トラブルや問題があった際はいつも、他の職人さんやブレーンの意見を参考にします。建築家として設計の知識は十分にありますが、構造の知識、大工の知識、管理者の知識、意匠の知識など、それぞれの専門家の声を聞くことで、その場で最善策が生まれたりします。経験上、自分の意見にこだわらない方が、良い解決策につながるものです。
使って欲しいターゲットがなかなか使ってくれていない。建築だけでなくビジネスの相談も。
ここで経験値をあげ、自信をつけてもらいたい。今回つくったレンタルスペースは1日貸しで1ヶ月とか、サービスのPOP UPショップのようなビジネスモデルです。足ツボマッサージの施術をやっている方が、お試しでお店をやりたいと借りてくれたのが最初のお客様。その後、美容サロンや経理の勉強会をされた方もいらっしゃいます。ただ、思った層にはまだまだ周知できていないのが現状のようです。どうしたら使ってもらいたいターゲットにアクセスできるのか。その答えのひとつとして、サロンのような取り組みができないかという相談も受けています。試しに私も、建築家としてDIYや住まいのちょっとした悩みを話し合えるサロンを開催することにしました。現状はこんな使い方ですが、いろんな発想やアイデアを持っている地域の方が、思いもよらない使い方をしてくれる。コミュニティがここから生まれたりする。そんな可能性に期待を寄せながら、この場を育てるお手伝いもしていけたらと思います。
Profile
小畦雅史さん
小畦雅史建築設計事務所/ものがたり工作所
築40年の分譲マンションの1室をリノベーションし、壁に黒板塗料を塗ったり、可動式の本棚を創ったり、ダイニングテーブルの配置をぐるっと変えてみたり。あーでもないこーでもないと、自分で手を動かし改善しながら暮らす。