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今津修平さん/國重裕太さん

建築家のしごと

コーヒーや茅葺古民家は、人を集め新たな活動を生むきっかけ。これからのコミュニティのあり方がここにある。

建築家・今津修平さん/國重裕太さん

三角屋根が目を引く茅葺の古民家(上)と改修の目玉である中庭(下)

神戸市北区長尾町、のどかな田園風景の中にポツンと目を惹く茅葺き屋根。築130年以上の古民家が、地域の人々をつなぐコミュニティスペース「neo yoriai」へ、そしてこだわりの焙煎コーヒーショップ「SPIN-OFF COFFEE」へと生まれ変わりました。オーナーの森屋さんは、大学時代にはじめたコーヒー店でのアルバイトをきっかけにその魅力にハマり、自身でもコーヒーを淹れたい、オリジナルブランドを立ち上げお店を開きたいと思うようになり、ついに古民家を手に入れます。母屋と離れ、2つの棟をどのように改修して使うか。この物件と出会うきっかけになったあかい工房さんに施工をお願いしたところ、建築家の今津さんを紹介いただいたそうです。規模は小さくても、こだわりの詰まった建物を。今津さんはオーナーのこの思いを受け、建築家仲間の國重さんを誘い、プロジェクトがスタートしました。自然に囲まれた立地、いろんな人の思いを載せた空間づくり、コーヒーショップとしての個性。これらの多様なベクトルを束ね、お二人の建築家はどんな建物を目指したのか。今津さん、國重さんにお話を伺いました。

人が集まるしくみをデザインするneo yoriai

今津:かなりイレギュラーな座組みでの改修。だからこそ、ユニークな空間を目指せた。

設計面では、これまでに経験したことがない面白い苦労がありました。今回のオーナーは、あくまでもSPIN-OFF COFFEEの森屋さんですが、その施工を請負われたあかい工房さんも、この場所で事業展開を予定されていました。クライアントが2人いるという不思議な感覚。人格の異なる2つの顔を、常に思い浮かべながらの設計は、この規模のリノベーションでは少ないケースだったと思います。森屋さんの思いを空間にするという側面では、施工のあかい工房さんと設計の僕らはチームですが、あかい工房さんもこの場を使用される立場ですので、主体としてこういう風に作りたい、こういう場所にしたいという思いも出てきます。当然予算面にもシビアです。そんな思いを汲み取りながら進めるわけです。一方で、我々に期待されていたことは、様々な制約の枠組みからは脱した「空間的価値の創造」だと感じていました。うまくおさめるという部分は適度に無視し、アイデアを出していく。複雑な座組みをより複雑にしていたかも知れませんが、それでもうまくいった要因は、いちばんのオーナーである森屋さんの要望がすごくシンプルだったことです。細かいご要望はあまりなく、唯一あったのは、この地域が好きでこの地域にコーヒーで貢献したいという、ブレない想い。その強い信念が、複雑な関係をまとめてくれたのではないかと思います。作業的には國重くんたちとは細かいプランを何パターンも出し合い、対話しながらそれらを磨き上げていきました。現地の印象などを踏まえて、場のポテンシャルを最大化するにはどうしたら良いかということをたくさん議論しました。

母屋(左の棟)をneo yoriaiに、離れ(右の棟)をカフェに改修

國重:母屋と離れの2棟。どちらをカフェにし、どちらを住居にするか。まずはそこからスタート。

オーナーの森屋さんの頭の中では、カフェは離れでという思いがあったようです。離れは2階建ですので、両フロア共にカフェにするのか、あるいは2階を住居にして、1階だけをカフェにするのか。当初はそんな話に時間をかけた気がします。最終的には、離れの2階を居住スペースにして、1階をコーヒーショップに。母屋は人が集まる場所にしましょう、と提案しました。古民家の場合、どうしても避けられない気密と暖房の話がありますが、予算との兼ね合いで判断した結果、離れの方が断熱の工事がしやすかったからです。また森屋さんがカフェで実現したいことや、住むのに必要な面積からもこの形が正しいと考え、最初のキックオフで森屋さんに提案しました。居心地のいい場所をつくり、おいしいコーヒーを提供できれば自ずとこの街に人がやってきます。コミュニティ的な場づくりというのも、最初から具体的なアウトプットイメージがあったわけではなく、人が集まる場所にするためにどうすれば良いか、ミーティングを重ねるごとに解像度を上げていった結果です。最初はコワーキングスペースを運営するとか、まちづくりの拠点にするとか。いくつか案もありましたが、今回はちょっとイレギュラーなケースとして「neo yoriai」の運営にあかい工房さんが携わるという側面もあり、あかい工房さんのやりたいことと、森屋さんのやりたいことをどういうバランスで盛り込むかについても、打ち合わせのたびにチューニングしていきました。

今津さんと國重さんが最初に現場に足を運んだのが、解体が始まる直前。そこからは、かなりハイペースで検討を重ね、2〜3ヶ月で一気に今回のプランにまで辿り着いたそう。耐震診断をしながら、実測し図面を起こしていく。パラレルにプランを走らせながら、オーナーの意向とデザイン作業のキャッチボールを続け、最終的なプランが固まっていきました。

もともと室内だった場所を、屋外に空間に。

今津:いちばんの改修ポイントは、室内空間を路地にしたところ。ここは最後の最後まで議論。

室内だった場所を中庭にする、路地化する。この部分が今回の設計では、大きなポイントだった思います。同時に、メインアプローチをどちら側に取るのかという問題もあり、中庭は、そのどちらに属すべきかという話や、勝手口を設けるかどうかなど、訪問客の導線的な話をプランの終盤まで議論していました。周辺環境に恵まれた現場でしたので、中庭も含めてどんな風に外部の風景と接続させるか。敷地内から敷地外へ、視覚的な印象や体験が徐々に広がる感覚をどんな手法で創造できるか。建具の開閉方式から、縁側や庭、塀のあり方まで。設計・施工も含めたプロジェクトチームでいちばん話した部分だと思います。

使える古材をなるべく残しながら改修する

國重:古民家ならではの苦労もいろいろ。ただ毎回、新しい提案が出てくるワクワクする現場。

図面を見返すたびに思うのですが、やはり古民家ならではの問題もありました。思ったところまで水が引っ張れないとか、インフラ的な制約はいろいろと。それも、最初から分かっているものではありません。解体しながらなので、パズルのピースを探すような感覚です。ずっとバランスを取りながらの作業が続きました。設計段階では壊そうと思っていた壁も、現場で見て判断が変わることも。施工には、日々取捨選択を迫られました。現場で図面を随時更新する、そんなフェーズが割と長かった印象です。ただミーティングのたびに、みんなからは新しい提案が出てきました。部材のことから空間の使い方まで、本当にさまざまな提案。しかも予算の範囲の中で、最大限何ができるかをみんなで考える。それが刺激的でしたし、面白かったと思っています。

随所に工務店の左官の技が生きる

今津:あかい工房さんのチャレンジと、僕ら設計のチャレンジがうまく混ざり合った改修になった。

あかい工房さんのやりたかった作り手としてのチャレンジと僕らの設計的なチャレンジ、両方を混ぜてったようなイメージでした。僕らには細かなこだわりがあり、あかい工房さんにも別の細かいこだわりがありました。手と頭の違いというか、作り手の感覚と設計者のアイデアって、まったく違う側面を持っているので、それぞれをぶつけ合いました。あかい工房さんは、古き良きその作り方をずっと継承し実践されている貴重な工務店さんです。さまざまな素材の知識、たとえば茅のこと、木材のこと、左官のこと。天井に使った漆喰の先に竹を並べて天井から押さえる方法とかね。そういったアイデアは、職人さんからしか出てきません。皆さん、とてもフットワークが軽く、こういうことをやってみたら面白いんじゃないかとか、知恵や経験を惜しげもなく出してくださいました。僕らはその古来的な方法を面白がりながら、時には現代的なマテリアルを提案するなど、セッションのようなイメージで仕事を進めました。

國重:茅葺の改修経験が豊富な工務店ならではの、ていねいな仕事ぶりが随所に生きた。

あかい工房さんは、すごく個性的で面白いチャレンジをたくさんしてくださいました。たとえば柱の補強の仕方では丁寧に仕口を組んで残されていましたし、カフェの入口のところに茅壁を設けようとか、丁寧な建具の造りとか、あかい工房さんが持っている面白いアイデアを随所に散りばめることができたと思います。さまざまな技術や細かな部分へのこだわり、施工の考え方など、実際の施工法も、他の工務店さんとはまったく違う。やはり古民家改修を数多く手がけられてきた経験がものを言うのだと思います。

今津:次世代の集会所をイメージした「neo yoriai」は、新しいアクションを受け止めるための箱。

母屋に完成した新しいスペースには、あかい工房さんが「neo yoriai」という名前をつけました。ソフト、ハード、両方において地域の人たちが集まれるような、次世代の集会所のような場所です。箱としての集会所であると同時に、ここで行われるさまざまなアクションも含めて、人を集める装置として機能する。当初からあった、そういう思いが詰まった場になったと思います。

青い畳は、neo yoriaiのシンボル

今津:小さくまとまらないよう、突拍子もない、面倒なことを言い続けるのが僕の役割。

しかしながら、今回の改修は新しいチャレンジが詰まったリノベーションプロジェクトでしたので、通常の古民家再生プロジェクトでは見かけないようなアイデアをいくつも提案しました。畳を青にしようとか、その畳もyoriaiという文字が浮かび上がるような割り方にしようとか、鉄板を貼ろうとか。一見妙なことをやってもおそらくまとまるチームです。そういう方向に振ることが、僕が関わっている意味のひとつだという認識でした。
たいていのプロジェクトでは、ゴールイメージを描いてから進めますが、今回は絵を描かず、出たところ勝負。出来上がるもので良いと決めていました。かきまぜた結果、チームのパワーが出せたのではないかと思います。

週末になると、neo yoriaiには、多くの人が集う

國重:その分、僕の方は、みんなが散らかしたアイデアをまとめる調整役。

いろんな登場人物から出てくるバラバラの要望やアイデア。それらを、一つ一つ空間に当てはめていく作業は、なかなか大変でした。コワーキングスペースにしたいという当初のところから、あれこれアイデアが移っていきましたが、何をするにしても、場所はここですし箱の面積も決まっています。耐震補強など、絶対にしないといけない工事もあり、証明問題を解くように、空間を組み上げていきました。とにかく「neo yoriai」という場が出来さえすれば、あとはあかい工房さんが寄り添ってくれるはずとの思いも。実際に、この先どんな方向にも舵を切れる箱になったと思っています。

カフェのカウンターにならぶ自慢のマシン(上)と小窓に切り取られた田園風景(下)

國重:オーナーの森屋さんと、コーヒー屋さんごっこをしながらつくったコーヒーショップの内装。

コーヒーショップでもっとも力を入れたのが、マシンを並べるカウンターです。森屋さんはコーヒーの話よりも、むしろマシンの話をされている時の方が、目がキラキラなんですね。二人でマシンが並ぶ風景をイメージしながらアイデアを出し合うのですが、実は森屋さんはカメラマンの仕事もされているので、切り取られたシーンで、建物を見ているんです。マシンのあるカフェの風景を最も美しく見せるにはどこにカウンターを置けば良いか、コーヒーを飲むお客様がご覧になる風景はどんな感じがいいだろうか。お客様の動きや視線を想像しながらカフェ内を移動。まるでコーヒー屋さんごっこです。お客様の待ち時間にさえ気を配り、この空間を楽しんでもらえるように。二人で演じた寸劇のようなシミュレーションの時間は、ものすごく幸せでした。欲を言えばもっともっとやりたいことがありましたが、予算的なこともあり最終的には、椅子やテーブルは断念し、優先順位の高かったカフェカウンターに注力したのですが、ひとつ面白いエピソードがありました。完成後、SPIN-OFF COFFEEのインスタグラムの投稿に、僕が作ったカウンターと同じデザインのサイドテーブルを見つけました。今津さんは、僕がつくったものと勘違いするほど、木の組み方などもまったくカウンターと同じ。森屋さんに伺うと、クッキーやパンの仕入れ先が木材屋さんらしく、その方に依頼されたようです。僕が設計した特殊な格子状のデザインをトレースし、空間に合う家具をつくってくれた人がいる。そんな関係の広がりを提供できたことも、とてもうれしく誇らしい出来事でした。

週末はたくさんの人で賑わうSPIN-OFF COFFEEですが、多くの方は建物には興味がなくコーヒーを飲みに立ち寄る人たちです。ただ、この場にやってきて、この空間に触れ、古民家に興味を持ってくれる人もいるはず。森屋さんがSPIN-OFFCOFFEEと名付けた理由もここにあります。コーヒーを軸に、そこから派生する別の価値。古民家やそこでの暮らしの魅力が広がって行くことに期待を寄せています。古いものに新しい価値を吹き込んだ、お二人にとって、茅葺古民家の改修は、どういう意味を持つのでしょうか。

この地域らしい風景を残しながら、新しい地域のシンボルとして動き始めたSPIN-OFF COFFEE

國重:古民家を守ることは、古民家のある風景を守ること。

古民家の再生や活用を通じ風景として守っていくこと。それは今の時代、すごく必要なことだと思います。建築の仕事をしている以上は、建売住宅だけが住居じゃないというところを、キチンと社会に示して行くべき。今回、このようなカタチで古民家改修に携われたことは、僕にとってもすごく意味のある、しかも幸せなことでした。

今津:つくる人や法規制も含めて茅葺の家をどう守るか。課題はあるが挑戦していく必要がある。

日本のほとんどの地域では、いま新たに茅葺住宅を作ることができません。屋根に対する不燃の法規制があるためです。そのせいで、茅葺の家は減少の一途、それに伴い茅葺職人さんもどんどん減り、今では全国で100人ほどしか残っていません。しかしながら、この建物には夏は涼しく冬は暖かいというメリットがあります。茅葺や土壁でできた家は、仮に空き家になり廃屋になって潰れたとしても土に返る、自然の生態系の中で循環する環境にやさしい家です。だからこそもう一度、こういった家の価値を見直し、茅葺を使える方法を探っていくべきではないでしょうか。まだまだ現存している茅葺の家があります。現行の法律もクリアしながら残していけるのは、かなり貴重なこと。茅葺を取り巻く環境も含めて、しっかり守って行きたいと思います。

(本記事の写真は、すべて森屋恵滋さんの撮影です)

Profile

今津修平さん
株式会社MuFF

一級建築士、新築・リノベーション問わず、住宅や商業施設など幅広く設計を行う。神戸フルーツ・フラワーパーク大沢にある「FARM CIRCUS」の設計も手掛け、神戸市都市デザイン賞(木のぬくもり建築部門)を受賞。神戸芸術工科大学 非常勤講師

國重裕太さん
yuta kunishige studio

二級建築士、16年に神戸芸術工科大学環境・建築デザイン学科卒業。東京を拠点とし、設計施工で自ら現場に入り店舗やリノベーションを行っている。神戸では六甲山頂駅舎改修やイタリアンやクラフトビール店の設計を手掛けた。

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