長田のお山の元ランドリースペース
人が行き交う港のような
シェア型喫茶店として船出
長く空き家だった元ランドリースペースがいまは誰もが気軽に立ち寄れるシェア型喫茶店へ。
子どもも大人も参加したワークショップの手仕事が、空間とまちに新しい風を吹き込みました。
リノベ暮らしの先輩紹介
上野天陽さん(28歳)
1997年神戸市長田区生まれ。高等専門学校を卒業後、建築設計事務所にてまちづくりコンサルタント業務を経験。その後フリーランスとなり、合同会社廃屋(西村組)の申請/まちづくりを担当しながら、地元長田区北部"丸山地区"をフィールドとした、空き家空き地の活用や地域ZINEの制作など、手の届く範囲でのまちづくり的活動を行っている。
間取り図
総工事費:400万 / 広さ:約18平米
坂道と階段のまちの小さな物件
長田区の北部にある丸山地区は、坂道と階段のまち。高度成長期に急増した民家が斜面にびっしりと並んでいるものの、最近は空き家や立ち退き店舗が目立っています。神戸電鉄・丸山駅から坂道を歩くこと約5分。苅藻川にかかる丸山橋のたもとに、面積18平方メートルほどの小ぢんまりした物件はありました。「丸山」という地名の起源、まあるいフォルムの聖天山を背にたたずむ、木造の建物。もともとは、隣接する「旧大日温泉」に併設されたランドリースペースだったそうです。大日温泉は現在営業を終了していて、ここも長らく空き家となっていました。
紹介するだけでなく、自ら空き家を再生したい
ここを日によって店長が変わるシェア型喫茶店「橋のたもとの喫茶店 大日HARBOR」として蘇らせたのが、この丸山地区で生まれ育った上野天陽さん(28)です。上野さんは高等専門学校の建築学科で学んだ後、現在はフリーランスとして長田区北部で空き家や空き地の活用に取り組んでいます。いずれは自分自身でも再生まで手掛けてみたいと考える中で出会ったのが、この物件でした。
少年時代に抱いた危機感がきっかけ
現在の街並みからは想像しづらいですが、このあたりは昭和初期に別荘地として開発されたそうです。料理旅館や温泉場などがあり、“神戸の奥座敷”と呼ばれる行楽地でした。しかし、急坂や階段が多い土地柄のため、近年は人口が減る一方で高齢化率は高まるばかり。放課後に友だちと通った駄菓子屋やたこ焼き屋さん、まちの人が集った喫茶店や食堂…。お店が次々に閉店していく様子を少年時代に目の当たりにした上野さんは「誰かが何か行動を起こさなかったら、まちは衰退していくばかり」と危機感を抱き、地元・神戸のまちづくりに関わりたいと思うようになったと言います。そして「地域の人たちが休憩したり集ったりできるカフェのような場所をつくりたい。一人で経営するのは難しくても複数人でなら」と考えてシェア型喫茶店を目指すことにしました。
お下がりが活躍、カウンターテーブルはお手製
リノベーションに関する設計は上野さんと合同会社ものがたり工作所 小畦さん、工事は合同会社廃屋が中心メンバーです。奥にトイレスペースを新設する大工仕事は業者に依頼しましたが、基本はDIY&低予算で、あるものを有効利用しながら4カ月かけて行いました。例えば昔ながらの揺らぎガラス入りの玄関戸は、空き家の掘り起こし作業で入手した中古品を再利用。解放できる折れ戸式になっていて、イベントなどを開く際に便利です。二人掛けのイスやテーブルは、喫茶店や居酒屋のお下がりが活躍していて統一感のなさこそが魅力です。店内で存在感を示す大きなカウンターテーブルは、ホームセンターで手に入る足場板に単管パイプを組み合わせ、足元には移動キャスターを付けたお手製。普段は対面カウンターとして、ミーティングやパーティーなどのときは移動してテーブルを大勢で囲み、使用しています。ちなみにリノベーションの費用は合計400万円。神戸市の「建築家との協働による空き家活用促進事業」に応募して採用されたため、半分の200万円を補助金でまかなうことができたそうです。
穴掘りから始まる楽しい土壁塗り
さらに特徴的なところは、住民参加型でリノベーションを進めたところです。カフェスペースのペンキ塗りや壁面の本棚作り、トイレの壁土の左官作業…。さまざまなワークショップを実施し、地域内外から多くの方が参加しました。「私はここ以外に空き地を2カ所借りています。トイレの土壁はその1カ所の空き地で穴掘りをした土を使いました。その土にしっくいを混ぜて塗り、参加者と私が手のひらで模様を付けたオンリーワンの土壁。眺めていると、参加者が生き生きと土に触る表情が目に浮かび、歓声が聞こえてくるようです。「あとは旧大日温泉の風呂場からはがれ落ちたタイルを床材にはめ込む作業も、子どもたちが遊び感覚で参加してくれました」。そうして形にも記憶にも刻まれていった計5回のワークショップ。参加者の中から、喫茶店の運営メンバーに手を挙げる人が1人、2人と増えていくのも自然で理想的な流れでした。ワークショップに参加したのを機に、市内外から町に遊びにくるようになった方もいるそうです。
幅広い年齢層が入れ代わり立ち代わり
お店では現在、さまざまな人が入れ替わりで店長を務めています。朝食、ランチ、夜バル…さまざまな人がいろんな時間に営業していて、バリエーションが楽しめます。ちなみに絶品ナポリタンを提供する上野さんは毎週金曜日のお昼、上野さんの母はトースト&コーヒーのモーニングを週1、2回担当しています。「『ここは何屋さん?』『今日は何が食べられるの?』と、通りかかった人がふらりと立ち寄って先客と会話が生まれる、ゆるりとした雰囲気で営業。日中はお年寄り、夜は会社帰りや家事を終えた働き盛りの世代が多いですね。夕方には小学生が長田のソウルドリンク『アップル』を飲みに来てくれることもよくありますよ。おいしいものが近所で食べられるのは、それだけでうれしいことだと思います」と上野さんは話します。
減るばかりだったお店ここからまた増えてほしい
「多様な人、モノが行き交う丸山のまちの港のような居場所に」。上野さんがそんな思いを込めて名付けた「大日HARBOR」は2025年9月に船出したばかり。「ライブ活動が行われている隣の旧大日温泉とコラボ企画をするなど、何か面白いイベントも開催できたらいいなと思っています。たくさん人が関わってより長い時間お店を営業できるのが理想。将来ここから独立した人によって、丸山にいろんなお店が増えていけばいいなとも思っています」。「大日HARBOR」は将来自分のお店を持ちたい人が経験を積むのに最適の場。空き家活用に興味のある人にも訪れてみてほしいお店です。
先輩からのメッセージ
地域の人たちに工事に参加してもらったり、お話ししながら工事を進めていったおかげで、近所の人たちからたくさんの応援をいただいています。そのまま常連のお客さんになってくれたり。作る過程も楽しむことができます。
大事な構造の補強や、素人では難しい部分はプロにお願いして、自分達でできるところは自分達で工事を進めました。子どもからお年寄りまで参加してもらったおかげで、ここは誰が塗ったとか、思い出がたくさん残る場所になっています。少し不恰好になっても、DIYだと味になります。
だんだんと空き家が多くなってくる時代に、住居だけでなく、週末だけのお店だったり、駄菓子屋だったり、古本屋さんだったり、サードプレイス的に家を開いていくということが、必要になってくるのではと思っています。
それらの行為がまちを豊かにしてくれるんじゃないかなと。
みなさんもぜひ持て余している物件があれば、町に開いてみてもらえたらとても楽しくなると思います。